夫婦でボードゲーム

夫婦でボードゲーム

ボードゲームにハマった夫に付き合ううち、嫁が積極的にボドゲ購入するように。ボドゲ初心者から、ようやく中級者になってきた日常を、2人で遊んで楽しいボードゲームを中心にまったり綴ります。(時々、映画・ドラマの感想など)

シン・仮面ライダー感想(ネタバレ有り)

2023年3月18日、シン・仮面ライダーを劇場へ見に行ってきました!

ウルトラマンとは違い、仮面ライダーTVシリーズをまったく見たことがない完全初心者の私。

果たして楽しめるのか?

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一言でいうと、シン・仮面ライダー庵野秀明監督の思う「仮面ライダーの格好いい要素詰合せ」映画です。

●ヒーロー図鑑などに書いてあるヒーローのスペック(パンチ力、キック力等)、サイクロン号などのガジェットを現代の映像技術で再現したらどうなるのか?という少年少女がワクワクする空想科学部分

●自分の意志に反して異形に改造され、恐るべき殺傷能力を手に入れた青年が悩み苦しみながら正義のために戦う内的葛藤

が2大要素になっており、そこに

●親子・兄弟の関係性

●一匹狼で戦うことの自由と孤独

●チームで協力する不自由さと信頼

が華を添えています。

 

TVシリーズを全く知らない私は、オーグメントプロジェクトのあらましも、その根源的力であるプラーナもそういうものとしてすんなり飲み込むことができました。

同様に仮面ライダーの戦う意味、敵対する組織の理念も特に疑問は感じませんでした。

 

ただ、両手を上げて称賛するには、いくつか気になる点があるのも事実。

思いつくまま例を上げてみます。

 

①台詞が聞き取りづらい場面がある

この映画では、仮面ライダーがマスクを被ったまま話すシーンがあります。

その時、マスクで口が覆われているため、台詞がよく聞こえないのです。

「え?今何て言ったの?」

最初は不親切だと思いましたが、監督が編集の時点でそれに気付かないとは思えない。とすると、これは意図的にそうしたのです。では、なぜ?何のために?

 

恐らく「仮面」を被っているのだから、声は聞き取りづらくて当たり前というリアリティの問題

そして本質的なのは「仮面」を被っている時の本郷猛は「人ならざるもの」なので、普通の人間である観客は「完全に彼を理解することはできない」ということ。

仮面は、改造人間になった本郷と観客を隔てる「壁」なのです。

観客には、完全に本郷を理解することはできない――だから、台詞が全部聞き取れなくても構わない。

前後の彼の行動から、彼が何をやろうとしているのか想像できれば良いという作り手の意志を感じます。

 

②ライダーの攻撃が基本、パンチとキックだけである

近年の派手な飛び道具を使ったアクションを見ている観客としては、いかにも地味に感じます。

いくら美しくひねりを加えたジャンプを決め、血しぶきを上げて人体を破壊しても、やっていることは「拳で殴る」「飛び蹴りをする」という近接攻撃のみです。

ただ、ライダーはその限られた攻撃手段で泥臭く敵を倒すところが魅力でもあります。

アクションに何を求めるかで、評価が大きく変わるポイントだと思います。

 

③あえてチープに作っている(だろう)シーンが成功しているかどうか微妙(?)

長澤まさみを大胆に無駄遣いしたサソリオーグ掃討のシーンや、仮面ライダー1号VS2号の戦闘シーンはアニメチックで、その演出が映画を盛り上げることにつなかっているかどうか意見が分かれるところです。

リアルに人の頭を潰す序盤の戦闘シーンに比べ、ライダー同士の決闘がストップモーションアニメをつなげたもののように見えるため、ギャップに戸惑います。

ハリウッドのアメコミ原作アクション映画のように、全編を通じてリアルな描写にすることもできたでしょうが、なぜそうしなかったのか?

すべてリアル志向で作ってしまうと、力のインフレが起こり、似たような絵面が続いてしまうことを忌避したのではないかと思います。

あえて挿入された映画のアクションのリズムを変える演出を「こういうのも面白いね」と楽しめるかどうかが評価を分ける気がします。

 

エヴァンゲリオンを彷彿とさせるシーンが多い

コウモリオーグとの戦いで、無数の緑川ルリ子が登場したときには、量産型綾波レイを想像した方も多かったのではないでしょうか。

ラスボス森山未來が座る玉座生命の樹を彷彿とさせますし、ショッカー本部の内装はゼーレを思わせます。

ルリ子と緑川博士の親子の確執、本郷の父への屈折した感情、肉体から離れた、魂だけの救済の場・・・テーマになっている設定もエヴァに通じます。

しかし、実は因果関係が逆なのです。

特撮物の基地やアジトがネルフ(orゼーレ)の原点であり、いくらでも替えがきくショッカー下級構成員仮面ライダーになれなかった」試作品や失敗作=怪人であること等々が、庵野監督の幼少期に多大な影響を与え、後年のエヴァンゲリオンにつながっているのでしょう。

すべての創作は模倣から始まる、ということだと思います。

 

⑤これが一番気になった点!!ショッカーは滅んでいない!

この映画の冒頭、私が想像したラストシーンは仮面ライダーによるショッカー壊滅でした。

しかし、実際は本郷とルリ子は死に(=厳密にはプラーナだけの存在になり)、ショッカーとの戦いは一文字隼人に引き継がれます。

「えっ、ルリ子と本郷は結局、イチローを止めるためだけに死んだの?肝心のショッカーはまだ存在していて、人類の危機は去ってないじゃん?!」

それが見終わった後に一番引っかかった点です。

 

しかし、物語を振り返ってみると、本郷猛の「優しさ=弱さ」・・・できることなら敵でさえ傷つけたくない。しかし、傷つけずに解決するすべはまだ見つからないというジレンマは、彼の代では克服できない壁なのです。

本郷猛がコミュ症で内省的なのに対し、一文字隼人は明朗快活――キャラクターのカラーの違いが、明確に「1号が成し得なかったことを、別のアプローチで次の世代が解決を試みる」という望みを託す物話であることを示唆しています。

 

仮面ライダーは、1号→2号と代替わりするたびに歴然とした性能差があります。

前世代の能力を引き継いだ上で、より高みを目指す――そしていつか「今」は克服できない問題を解決する――それが「仮面ライダー」の物語の構造なのでしょう。

 

<良かった点>

・ショッカーが悪の秘密結社ではなく、「人類を幸福に導くため作られたAIの暴走」により作り出された組織になっていること

・プラーナシステムの導入により、仮面ライダーになぜ変身するのかの理由付けをしっかり行ったこと

仮面ライダーの殺傷能力を「画」としてしっかり見せることで、綺麗事だけではない「力を手に入れた者の責任と覚悟、苦悩」を描いたこと

・ライダーの仮面、バイク、ベルトに一連の物語的必然性を与えたこと

・政府の男、情報機関の男、サソリオーグにシン・ウルトラマンを見ている人はニヤリとする配役を行ったこと

浜辺美波がかわいい

森山未來の身体コントロールの鮮やかさを堪能できる。本当に蝶のように美しく舞う様子には目を奪われる。

・見終わった後に希望が残る。

 

<結論>

仮面ライダー初心者でも楽しめます!ただ、楽しいと感じるポイントが観客によってまったく異なる可能性があります。

10人集まって感想を話し合ったら、10通りの捉え方があって驚くタイプの映画です。